昨夜の池袋鈴ん小屋での早川義夫さんとのライブ、新年初回大入り満員で演奏も含めとてもいい感じに終わった。
僕にとってはそれ以上に嬉しかったのが、旧友(中学・高校と一緒にバンドをやっていた)舟津君が見に来てくれたこと。
舟津君とは中学1年で知り合い、ある日彼に誘われ彼の家でギター2本で人生初セッション。レパートリーは当然ベンチャーズ。その日を境に人生が一変した。クラシック少年だった僕が初めてバンドの楽しさを知った日だった。
後に同じクラスの仁神君をドラムにソノちゃんをベースに誘い込み”The Spectors"を結成。すぐにオリジナルのインストを演奏しはじめた。僕がリードギターで舟津君がサイドギターだったけど彼がバンドの頭脳的存在だった。
彼は生徒会長であり常に学年トップの成績。僕はこと音楽に関しては早くから校内で認められた存在で成績もトップ10には入るくらい。そんな二人が事もあろうかエレキバンドなど始めてしまったので学校としてはさぞかし困ったことだろうと思う。当時はエレキ=不良の時代。自転車にアンプを積んで押し歩いてると近所の人から後ろ指を挿される様な時代だったからなおさらだ。
そんな時代にそんな二人が始めたバンド、先生達としてはノー!とも言えず特に音楽の先生(本山先生と言う素晴らしい先生だった。今日の僕があるのも先生のおかげと思う)も認めざるを得なかったのだろう。
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初めて校内で(人前で)演奏した時の写真がこれ。右端が舟津君グヤトーンのギター。二番目がソノちゃん。まだベースなど手に入れられなかった時代なのでテスコのギターでベースがわり。僕はVOICEのギター(これはいいギターだった。今でも欲しいくらい)仁神君はまだスネアと小さなシンバルしか無かったな。
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高校になりある日舟津君がジャックスのコンサートに誘ってくれた。二人で当時一番気になっていたバンドだった。日仏会館でのジャックス・ショー、高校生の僕らにとってそれはそれは衝撃的な音楽だった。オープニングアクトには遠藤賢司。
一度で打ちのめされた僕らは早速ジャックスのコピーを演奏し始め、オリジナルの歌を作り始めた。作詞は舟津君、曲は僕で。
バンド名を”Backs"と変え(明らかにJacksのパクリ!)賞金・賞品稼ぎでバンドコンテストに出てはそこそこいい成績で戦利品を獲ていた時代。プレイヤーの前身だった雑誌(まだニュースペーパー的だったかな)にも取り上げられたりもした。他にもリードギターだった僕は杉並の天才少年的に取り上げられた事もあった様に思う。
そんな仲良しバンドも高校いっぱいで終わってしまいそれぞれの道を歩むこととなった。
ともかく、その舟津君と一緒に音楽を始めていなければその後の僕の人生は全く違ったものになっていたのだろう。早川義夫とも遠藤賢司とも出会うことなど無かったかも知れない。後に舟津君の友人となった茂木由多加とも四人囃子とも。和光大学に進学する事も無かったのだろう。
そんな僕の人生を決定づけた彼が新年早々ライブを見に駆けつけてくれ、お褒めの言葉までもらえた。こんな嬉しい事なかなか無いな、と思えた昨夜のライブ後の新年会。
秀才だった彼は今は一流企業の社長。音楽バカの僕はこんな感じ。
お互いいい人生を歩めたんじゃないかな。
常日頃オカルト的事象や超常現象は完璧に信じもしないし、どうでも良いことと思っている。宗教的意識も同様に全く無い。言ってしまえば実につまらない人間とも言える。非常に現実的に冷静に物事を捉えようとする。
さて、そんな自分であるがひとつだけ謎めいた出来事がずっと付いて廻っている。
それは『水』。
いつの頃だったかもう思い出せないが、何となくの記憶では30代後半からか40代に入ってからかも知れない。
唐突にどこからともなく『水』が落ちてくる。身体のどこかに。
頬であったり手首だったり腕だったり首筋だったり。時には足首だったり。要するに身体の露出部分に。
もちろん滅多には無い。数年経験しないこともあれば、数日のスパンで起きることもある。
身体に落ちる『水』、もちろん上を見上げる。ほぼ全てのケースで到底水がしたたり落ちる場所では無い。
時には家の中、ライブの演奏中であったり、屋外だったり様々。パターンは見いだせない。
ポツンと水の音がしたかの様な皮膚感覚がある。目を向けると水滴が落ちている。時には数滴。
自分だけの錯覚では無いと思えるのは、人と居る時にも起きること。その水滴を確認してもらったりもしている。
無味無臭の水滴。ティッシュで拭っても色は無い。
最初のうちは不思議でしょうが無かったが、だんだん慣れてしまい「ま、そんなこともあるのだろう」と思い始めた。
あり得ないと一笑に付されるに違い無いが、空気中で酸素と水素が混じり水になって落ちる。或いは水蒸気が何かに冷やされ水滴になって落ちる?
わかり得ないが何かそういったシンプルな反応が起きているのではないだろうかと考える。
少なくともオカルト的事象、超常現象とは考えない。
オカルトでも精神的な事でも無いので、心理学者に相談するよりは、いつか機会があったら理論物理学者に相談してみたいものだ。
今日も今日とて水滴3粒。。。
昨年の2月19日から唐突にtwitter上のfollowers向けに始めた『おやすみ音楽』Goodnight_to_followersシリーズが7/4を向かえると(もちろん、それまで継続できればですが)500夜連続になります。
そのタイミングに合わせて初めてライブ版Goodnight_to_followersをやってみようかと思います。
ライブならではの『おやすみ音楽』を表現できたらと色々企画中です。また、Ustreamでの中継も考えています。
12歳から真剣に音楽を始めて、47年目にしての初めてのソロ・コンサートともなります。
お楽しみいただけましたら幸いです。
佐久間正英
『 Live : Goodnight_to_followers/五百夜』 @masahidesakuma
出演:佐久間正英 ( piano / guitar / mac etc. )
ゲスト:山岸賢介(ウラニーノ)コサイアキシ 若菜拓馬(unsuspected monogram, The Screaming Frogs) 甲田益也子(dip in the pool)巡音ルカ(vocaloid) 。
会場 Last Waltz by shiosai at Shibuya
前売 3,000円/当日3,500円(税込み/ドリンク別)*ご予約特典あり
開場 18:00 開演 19:30~
*会場では簡単なお食事等お楽しみいただけます。
<公演詳細>
2010.02.19 から佐久間正英が毎晩制作し twitter の followersの皆様にお送りしている「おやすみ音楽」ですが
2011.07.04を以て500夜連続 twaud.io へのアップとなります。
その500夜達成を記念し、7月6日に渋谷『ラストワルツ・バイ・しおさい』に於いてライブを行うこととなりました。
この夜はこれまでの楽曲から選りすぐりの曲を思い出せる限りのエピソードとともに演奏します。
なおこのライブはTIMEDOMAIN理論に基づく富士通テンEclipse TDスピーカーを使ったサラウンドでお送りする予定でいます。
またこの夜は佐久間正英の47年間に渡る音楽人生”初のソロコンサート”ともなります。
Goodnight_to_followersは2011.5.27時点で、トータル 405,741人試聴。ぜひ聴いてみてください!
全楽曲へのリンク→ http://masahidesakuma.net/goodnight-to-followers.html
twaud.ioへのリンク→ http://twaud.io/users/masahidesakuma
*当日の模様は、USTREAMで放送される予定です。詳しくはツイッターにて
http://twitter.com/masahidesakuma
<佐久間正英プロフィール>
Record Producer, Artist。伝説のバンド、四人囃子のベーシストとしてデビュー(75年)。その後、作編曲活動と並行してPLASTICSに参加し数度に渡るワールドツアーへ。79年P-MODELのアルバムをプロデュース。以後、プロデューサーとして、BOOWY、ストリート・スライダース、UP-BEAT、BLUEHEARTS、エレファント・カシマシ、黒夢、GLAY、JUDY AND MARY、HystericBlueなど数多くのアーティストをプロデュース。現在は、CircularTone Records主宰/VitaminPublishingにてレコードプロデュースを行っており、自身のバンド「unsuspected monogram 」のアルバム「the mass」をリリース。また、早川義夫氏とのユニットでも活動中。
最新プロデュースは、N'夙川BOYS ( http://x30.peps.jp/nsukugawa/ ) 、OverTheDogs(http://www.foghorn.jp/index.html) 、GLAY「Thank you for your love」(2011年5月5日発売)。
<会場のご案内>:Last Waltz by shiosai
map →http://bit.ly/kh4Mqx
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷2-12-13八千代ビルB1F
JR渋谷駅より徒歩約10分
<お問い合わせ&ご予約>
★メールアドレス、lastwaltz@shiosai.com まで
1.ご希望公演日、2.お名前、3.人数、をお知らせ下さい。ご予約受付けさせて頂き、こちらから確認メールをお送りします。
★本公演は全席自由席となり、開場時間は18:00以降ご来店順に入場となります。
*ご予約された皆様にこの夜だけの特別なプレゼントをご用意させていただきます。
*6月4日より、上記E-mail予約の他に、イープラスチケットからも前売りチケット購入が可能となりますのでご利用下さい。http://eplus.jp/sys/main.jsp
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷2-12-13八千代ビルB1F
昨夜のブログに書きき切れなかったことをひとつ。
何故僕がBOΦWYだけは再結成に拘り大きく期待をするのか。
知っている限りバンドの再結成とは:
1.良くてその全盛期の演奏・興奮の再現。
2.多くはそのバンドの全盛期には追いつけない。当時の衝動や勢いに戻れない。ノスタルジーにしかならないケースも多い。
いずれにせよ当然ながら解散期間が長ければ長いほど再結成した上でのパフォーマンスレベルの向上は難しくなる。
自分の経験から述べても、例えば四人囃子の場合かつての演奏(森園脱退以前=1976年頃か?)にはやはり遠く及ばない様に思える。全員が未だに現役の経験豊かなミュージシャンとして活動を続けているにも関わらず。
元々ノン・ミュージシャンであったPLASTICSの場合は言わずもがなだ。
そんな事から基本バンドの再結成ストーリーにはあまり興味は湧かない。
ところがBOΦWYの場合、その後の4人は解散当時とは比べものにならないほどミュージシャンとして成長を遂げている。
あの時点ですらあれほどの演奏を出来た4人が、今の各自のレベルを持って再び揃ったとしたらそれはどんなすごいバンドになるだろうかと夢想する。解散時のBOΦWYとは比べものにならないライブになるに違いない。
世界中のどのロックバンドにも引けを取らないモンスターバンドになれるかも知れない。例えて言うならU2やらストーンズやらと並べてもおかしく無い様な演奏を見せてくれるだろう。
そんなすごい日本のバンドを見てみたい。しかもそのバンドが幸いにもかつて自分がプロデューサーとして関われたバンドだ。
アルバム2枚、12インチ1枚くらいしか付き合わなかったバンドなのに今でも一番鮮明で鮮烈な記憶が残っている。そんなバンドとはなかなか出会えない。
最後にもうひとつ。
”ただのギタリスト”に戻った布袋君の演奏を見たい。その場しか彼が”ただのギタリスト”(それもとんでもないギタリスト)に戻れるチャンスは生涯無いだろうからだ。
今回の震災後不思議なほどにBOΦWYの話し、ことに再結成話しに解散以後初めて公が触れた様に思う。
震災後の布袋君のtweet「今何かできること…」の発言に対し、僕は無責任に「今こそBOΦWYを!」みたいなコメントを寄せた。
実に無責任ではあるけれど、かつての仲間の一員だった者としてそれしか思いつかなかった。そしてそれは自分にとっても多くの人達にとっても同様にずっと夢であり希望でもあったのかも知れない。
BOΦWY解散後、その後のメンバーの活動に最初に関わったのは松井君のソロアルバム『よろこびのうた』だったかと思う。BOΦWYでの立ち位置とは全く別の視点からの音楽がとても新鮮でありかつ斬新な意欲作だった。
ほとんど同時期に氷室京介の『NEO FASCIO』の企画が飛び込んで来た。
丁度そのタイミングで急な病気を患って緊急入院をした。その入院先に松井君とヒムロックが一日差で見舞いに来てくれたのを思い出す。もちろん町の小さな病院はパニックだが。
退院そうそうの初仕事が『NEO FASCIO』。病み上がりにはあまりに重い仕事だったのを思い出す。2ヶ月近くギターもベースも手にしていなかったので、感覚を取り戻すのに必死だった。「Summer Game」のギターソロ、指が痛いのに何テイク弾いたことか…。結果プロデューサー人生の中でも特別な想いのあるアルバになった。
その後ドラムの高橋まことのDe-Lux をプロデュースし、その後のバンドGEENAにも関わった。ヒムロックとも時間を置いてからまた一枚シングルに関わった。
そんな思い出話はともかく。
いまだにBOΦWYを思い返すと、あんなすごいバンドはあれ以後存在しなかったなぁと思う。もちろん時代は多様化しいいバンドはたくさん居たし今のバンドでもそうだと思うけれど。それでも当時のライブバンドとしてのBOΦWYを越える演奏ができるバンドには残念ながら出会ったことは無い。(BOΦWYとは違った視点で言えば、エレカシやジュディマリやGLAYや筋少らのライブはもちろん本当に素晴らしいけれど)
タイトでスピードがありかつヘビーなのに何とも柔軟だった。そのくせ眩しいほどの華があった。ロックのロックたる所以と歌謡曲に通じる大衆性を見事に併せ持っていた。それを究極にシンプルな構成で具現していた。
BOΦWYのことを文章化するなど生まれて初めてだけれど、そんな感想と憧憬を未だに抱く。そんなバンドだから再結成に夢を託してしまうのだな、と改めて思う。
一度解散したロックバンドの再結成ほどみっともないことは無い!と自分がロックバンドを続けていた身として確信している。それでも彼らだけは別だったな、と。
(株)ビタミン出版のホームページにプロデュースに関することをつらつらと書き始めてみました。
携帯の方はこちらへ。
http://mobile.vitaminpub.net
先日のTime Domainとエノキダケマイク話しの続編です。
現在進行形のウラニーノのレコーディング現場で日々実践し、新たな発見を日々感じています。
趣味の新しい試みのひとつは、僕の愛用しているギターアンプ Fender Deluxe(1958年)に Eclipse のTD(Time Domain)スピーカーを接続し鳴らしてみた。
想像通りの結果。これは申し訳無いけれど言葉で説明不可能な領域なので、興味ありましたらお試しを。スピーカー飛ばしても責任は持ちませんが。
なかなかに「目から鱗・・・」の音が飛び出ます。そしてエレクトリック・ギターの繊細さを改めて知ることが出来ます。自分の演奏の繊細さももちろん要求されます。
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さて、話しを戻し。
エノキダケマイク(Time Domainマイクとも言われている様です)をボーカル・レコーディングに使用してみた。
ここ数年お気に入りの基本セッティングをし(Blue Kiwi + Blue Robbie マイクアンプからUREI1176を経由)そのマイクの外側にエノキダケを2本。(間隔10cm程)
Blueのマイクからはもちろん聞き慣れた音。でエノキは・・・と切り替えると既に勝負あり!
単純に声色の好き嫌いで言えばBlueにも勝算はあるのだけど、歌の意味合いが全く変わる。
いくらレベル変動があろうが、コンプを通って聴きやすくされたBlueよりずっと言葉の意味が伝わる。歌い手のニュアンスの全てがそのまま伝わる印象。こんな経験はしたことが無い。
もちろんボーカルの山岸君はとても歌いやすかったとのこと。ピッチも普段よりずっと楽に取れている様に感じる。
細かいことを書き出せばキリが無い経験なのだけど、そんな録音。
そして、このマイクで録った音に何かエフェクトを付加しようとした時に愕然とした。
デジタルリバーブ、ディレイ等ちょっと足しただけで明らかな違和感を感じる。つまり『人工的なモノ』を加えてしまった感覚。わかりやすく言えばオーガニックな食材に人工的なモノを加味してしまった感覚。元の音素材と付加した人工的な音が明らかに乖離する。
こんな経験も初めてだった。
今までのレコーディング技術を否定するつもりなど無い。けれど新たな道が開かれてしまった以上、もう後戻りする必要など無いなと思う。とてもオーガニックな方法で。
先日京都での早川義夫さんとのライブ翌日、富士通テン小脇さんの計らいで Time Domain社の由井啓之社長にお会いしてきた。
Time Domain(以後TD)理論によるスピーカーに出会ったのはもう7~8年前になるのか?エンジニアのMichael Zimmerling(マイケル・ツィマリング)の紹介で富士通テンのエクリプス・スピーカーの音をdog house studioで試聴したのが最初。聴くなり「キョトン!?」としてしまった。つまり、今までに触れたことの無い質感の音だった。一聴してこのスピーカーが今までのそれとは一線を画すモノだと気付いた。
以後エクリプスの各機種、Yoshii 9、Yoshii miniを経験し、今も仕事上も日常でも無くてはならないスピーカーとなった。
僕自身TD理論については実はいまだに”何となく”の範囲でしか理解できていないと思う。でもそれが”明らかに正しい”であろうことは経験上から実感している。
さてそんな経緯で、ずっと尊敬していた由井さんにお会いできたのは何とも嬉しい限り。
初対面にも係わらず気さくに色々な話しをして下さった。実は話しと言うよりは僕にとっては”講義”の様にも感じられるありがたく、興味満載のお話し。
そんな中でネット上で何となく気にはなっていたマイクを見せていただいた。
それは想像とは全く違う小さな小さな貧相なマイク。直径にして5~6ミリ。そのマイクカプセルに細い電線を直付けと言う。その場ではそのマイクの音、あるいは収録した音源を聴くことはできなかったが、そのマイクの『武勇伝』はたくさんうかがえた。ステレオで50円のマイク!
京都から戻り早速マイクの情報を調べた。伺った話、形態などから”これかな?”と思った候補がいくつか上がった。小さな小さなエレクトレット・コンデンサー・マイク。仕様の周波数特性を見ると通常僕らがレコーディングで使っているマイクとは大きく違い、限りなくフラット。ピンと来た。これかな?
早速秋葉原(”あきばはら”が正しい(古い)読み方ですよ!)へ弟子であり良き仕事仲間でもあるサウンド・エンジニア中崎女史を連れ出す。10年以上ぶりの秋葉原のパーツショップ、いくつもの店を探しまわりやっとお目当ての品を秋月電子で発見。
その足でウラニーノのリハーサルスタジオへ直行。その場で中崎さんがマイク製作をし、リハーサルの合間に山岸君のギターを借りてその日の”おやすみ音楽”をKorg MR-2に試し録り。(後にそのサウンドが話題になりtwaud.io の世界ランキングで一位にまで入ってしまった!)
ヘッドプォンで聴きながら演奏を始めるなり今までのどんなレコーディング経験とも異質な感覚を覚えた。それはエクリプスのスピーカーを初めて聴いた時以上の衝撃だった。完璧に自分が演奏しているギターの音が”そこ”に存在していた。思ったことはただひとつ「由井さん、おそるべし!」
その場でエンジニア中崎がそのマイクを「エノキダケ」と口にし、あっと言う間に”エノキダケマイク”の名称が定着してしまった。
数日後ウラニーノのレコーディングで河口湖スタジオに向かう。
「おやすみ音楽」制作の為、レコーディング終了後スタジオのアップライトピアノをエノキダケマイクで録ってみる。素晴らしい音だ。やはり今までには経験したことのないピアノの音・音場。
その音を聴いた中崎が翌日「これで(エノキダケマイク)録りましょう」と言い出し、初めてこのマイクでのスタジオ本番録音に挑戦することとなる。
話しが長くなるので省略するが、そのマイクの音は今までのどんなスタジオ録音の経験とも全く次元の違う音だった。アコースティックギターも歌も録った。ピアノも録った。ベースもエレキギターも録った。ドラムも録った。どれも、どの音も自然で何の補正(EQやコンプや)も必要とせず、リバーブやらのエフェクトも必要としない音。ただ録った音達を”好きなように”バランスを取ればいい音。
衝撃だった。決して大袈裟では無く”レコーディングの歴史が変わった!”と実感した瞬間だった。
それは僕らプロデューサーやエンジニアだけではなくミュージシャン(ウラニーノメンバー)にとっても衝撃的な事件だった。
僕自身の演奏上での体験も衝撃的だった。そのマイクでのモニターを聴きオケにあわせピアノを弾く。
例えば、Cのコードをバン!とフォルテシモで弾く。でもその時にド・ミ・ソのミの音を強くしようと思うと、クリアにそれを感じられる。左手のC音の親指小指のオクターブユニゾン、親指を強く弾くとそれがわかる。そんなことは過去のレコーディングではありえないことだ。もちろんピアノ単体ならそれはできる、感じられる。がロックバンドの分厚いオケの中でのダビング時にそんな繊細なコントロールはあり得ないことだ。
おそらくこのマイクは聴いている人以上に演奏家に与える心理的効果の方が遙かに大きい様に思える。が故に理解されにくい、あるいは誤解を生みやすいかも知れない。
ありとあらゆる贅沢なマイク、HA、コンプやEQを使い。そんな現場で40年近くやって来たからこそ断言できること。
「全ての先入観を捨てて試してみること」「心を開いて音を感じること」「音の”何”を必要としているのか、今一度考え感じてみること」
この革命は特化された人のためでは無く、全ての人の為だと確信する。
最後に「由井さん、ありがとうございました。心の耳がやっと開かれました!」
去る12/11 夜10:00 からunsuspected monogram のライブをustreamから行った。(届けた?何と言う表記が正しいのだろう?)
11月にダウンロード販売を開始し(CircularTone HP, nau.jp, ototoy, iTunes Store他)CDも完成したので(CDの流通は今月末か来月くらいにタワーレコード渋谷店より、徐々に販売店を増やす予定)いわゆる”レコ発”ライブを考えた結果、通常のライブでは無くustream上でのライブを企画。
実際のレコーディングもustreamライブだったので、ならば発売記念ライブもustで、と相成った次第。
企画は安易に決まったが、当日実際に演奏をするのは至難だった。目に見えないオーディエンスに向かい演奏することの難しさ・緊張感。スタジオ・ライブだったので目の前にはカメラのみ。自分達の出音もライブのそれとは違い手応えも無い。何とも宙ぶらりんな気持ちでの演奏。
結局は自分とメンバーとエンジニアの出す音のみを信じ粛々と演奏するしか無い。そんな状況なので普段よりも自分達としてはミス・あらも目立ったが結果としてのショーそのものは予想外に良い・楽しめるモノに仕上がったと思う。
できれば半年に一度程度のペースでこういう形のライブもありだなと思う。企画はまた新たに考えて。
一人でも多くの方に "unsuspected monogram" と言う、多分(自分の知識の範囲では)今までにはあり得なかった音楽・バンドがここに居ることを届けられたら幸い。
魂の本性的なうごきはすべて物体の重力の法則に類似した法則によって支配されている。
ーーーー シモーヌ・ヴェーユ 『重力と恩寵』より ーーーーー
unsuspected monogramの1st アルバムが完成した。(録音風景はこちらに)
今日10/30 配信での販売が開始する(CDは11/14発売予定)そのアルバムのタイトルを『the mass』と名付けた。
"mass" は「集まり、集合体、大半」などマスメディアのマスでもあり、物理学における質量や大きさ・量のことでもある。"the masses" と複数形にすれば一般大衆、庶民、労働階級のことを指す。またMを大文字 "Mass" とすれば、教会のミサの事になる。
この広範な意味の中から”質量”としての意味合いから付けたのが "the mass”。
当初は重力(gravity)と付けたかったのだが、gravity と言う音の響きが決定打にかけて(ジョン・メイヤーの"Gravity"と言う素晴らしい楽曲のせいもあり)重力→万有引力、を生みだす元となる”質量”に目が行って"mass"に決定。
何故”重力”(万有引力)に拘ったかと言えば、冒頭のシモーヌ・ヴェーユの言葉が語っていることにとても近い感覚からなのだと思う。もっとも彼女の言葉は感覚では無く”哲学”なのだけど。
全ての事象(ものごと)は重力(万有引力)バランスの上にギリギリに成り立っている。それは物理的な力の均衡に限らず、人と人との関係、心と心の在り方、恋愛も親子・家族も、動物と人も、芸術も、おそらくありとあらゆる物事の成り立ち・関係性において。当然音楽も同様に力学的な法則・重力バランスの上に成立する。
そしてその重力(万有引力)を生み出すのが質量の存在。さらに”質量”そのものはいまだに何故存在するかわかっていない。仮説の域を出ていないようだ。そこも魅力的で好都合だ。
さらに "mass" は集合体でもあり、先にも述べたように複数形となれば労働者階級や庶民のことも顕す。
unsuspected monogramの1stアルバムになんてふさわしい名前なんだろうと思った。
僕らは一般庶民であり、集合体であり、重力バランスの上で”音楽”を成立させている。
「魂の本性的な動きは物体の重力の法則に類似した法則によって支配されている」
このバンドを始めたこと、CircularTone Recordsを始めたこと。いや、今までの人生そのものが重力の法則によって支配されていたのだろうな、と改めて思いあたる。
そんな『the mass』がどんな質量を有せるのか、どんな重力バランスの海を泳いで行けるのか、興味深く見守って行こう。
